■レーシック情報:一時的なレーシックにおける後遺症

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■レーシック情報:一時的なレーシックにおける後遺症ブログ:20-6-2014


オレは両親が本当に嫌いでした。

小さいころの記憶といえば、
家でビールに溺れる親父、
そのことで親父をなじる母。

そしてその怒りをお姉さんやオレにぶつけ、
お姉さんはその怒りをオレにぶつけていました。

家には居場所がない…
子どもの時のオレは
そう考えるしかありませんでした。

以前、実家に帰った時に
小学生の時に作った壁掛けがあったはずなので、
母に見せてほしいと頼むと、
「捨てた」と言いました。

オレは当然のように聞きました。
「なんで捨てるねん、小学生のとき作った作品で唯一残ってるやつやん」

母は言いました。
「あの壁掛け吐き気するくらいキライやねん。
灰色とかなんともいわれへん色ばっかりやから」

その通りです。
オレがみても30秒が限界なのですから…
小学生の持つ明るさなどまったくなく、
絶望という言葉がふさわしいような色だけでした。

そして中学、高校と
表面的には普通の子どもでしたが
内面的にはどんどんゆがんでいきました。

変わることのない親父と母、お姉さんとの確執。
その時のオレの望みはただひとつ、
「楽に死にたい」

何度も首をくくる練習もしました。
包丁をウエストにあてたりもしました。
このまま目が覚めなかったらいいのに…と
毎日のように思っていました。

そしてある時、オレは決めました。
「こいつらは赤の他人や」と。

そしてオレは一度だけ両親に言ったことがあります。
「こんなゆがんだ性格にしたのはあんたらのせいや、謝ってほしい」と。
両親は頭を下げました。

でも、そんなオレでも
今は少しづつ親父も母もお姉さんも
許せていっています。

お姉さんに子どもが産まれ
実家で子どもたちと遊ぶようになった時に、
お姉さんから
「ありがとう」と感謝をされたことで
オレの中で何かがかわりはじめたんです。

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